【ホワイトボードの誘惑に勝てなかった男…】
扉を開けると、そこには昭和の温もりがそのまま残るような心地よい空間が広がっている。卓上のグランドメニューを横目に、ふと視線を上げると壁に掛けられたホワイトボード。そこには、赤と黒のマーカーで書かれた魅惑的な日替わりランチの文字が躍っていた。 当初は、ホワイトボードの先頭に誇らしげに記されていた「バラ肉ともやし炒め定食(¥850)」に心を決めていた。ガッツリとした炒め物で白飯を掻き込むイメージは、すでに頭の中で完璧に出来上がっていたのだ。 しかし、人間とは時に愚かで、そして自由な生き物である。 その少し下に書かれた「とり肉のピカタ(¥850)」の文字を目にした瞬間、胸の奥で何かが揺らいだ。 「ピカタ」——。 肉や魚に塩コショウで下味をつけ、小麦粉を軽くまぶしたあと、溶き卵をたっぷりと絡めてフライパンでやさしく黄金色に焼き上げる、あのイタリア生まれの洋風ソテー。定食屋のホワイトボードにひっそりと佇むそのハイカラな響きに、どうしても抗うことができなかった。 無理を言ってオーダー変更を快諾していただいた店主の心意気に感謝しつつ待つこと数分。運ばれてきたお膳を見て、その直感に狂いはなかったと確信する。 お皿の上に鎮座するのは、しっとりと柔らかく焼き上げられた大ぶりの鶏ピカタ。黄金色の衣にハーブがほのかに香り、添えられたケチャップの赤が食欲を強烈にそそる。一口頬張れば、卵のまろやかなコクと鶏肉のジューシーな旨味が口いっぱいに広がり、思わず頬が緩む。 さらに嬉しいのは、脇を固める小鉢の充実ぶりだ。じんわりと味が染みたきんぴらごぼう、絶妙な箸休めになる沢庵、そして素朴な甘みが染み渡る大学芋。出汁の効いたお味噌汁とツヤツヤのご飯を挟みながら楽しむこの三角食べは、まさに至福の時間と言わざるを得ない。 予定調和なランチも良いが、ホワイトボードの誘惑に身をまかせ、気まぐれに注文を変えてみる。そんな小さな冒険の先には、とびきり贅沢で温かな日常のドラマが待っている。 店舗情報 店名: 御食事処 かめや 住所: 長野県上田市神畑126-3 営業時間: 昼 11:30〜14:00 / 夜 18:00〜20:00 定休日: 日曜日・祝日・水曜日
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