【 えちごやと五平餅 】 諏訪湖から大阪の帰り道、こんな晴れた日にハイウェイでスパっと帰ってしまってはつまらないと、飯田へと抜ける国道で西へ向かった。そしたら、平日だけあってとにかく、車の巡航速度がどこを取っても驚くほど遅かった。これはたまらん。 しびれを切らした伊那から、一旦北に抜けて中津川まで出る国道のルートに変えた。そうしたら道路標識に”奈良井宿”の表示が出てきた。そういえば、友達のFBの投稿で見たよな、確かかなり綺麗な古い宿場町だったよな、こんな機会しか木曽の奥にいかないしと、少し諏訪湖に戻る方向にハンドルを切った。 奈良井宿は、それはそれは美しい宿場町であった。現存する江戸時代建築の宿場町としては最長だそうである。美しい街並みは平日かつ、コロナのおかげで人が少なく、閉めているお店も多い。きっと、本来は賑やかな観光地なのであろう。 歩いていてふと、えちごや、という旅籠が目に止まった。まさか、と思って写真フォルダを開き、先般亡くなった父の写真のストックにある、ある写真を探した。それは、父が新婚旅行に訪れた時に母がとったと言う写真である。えちごや。まさにその父が写っていた旅籠行灯が、えちごさんの中にあった。およそ50年以上前にこの旅籠に、私の父は泊まったのだ。 私は、本当にびっくりしたこととを伝え、少しえちごやさんのおかみさんと話をして、旅籠行灯とひな壇を写真に撮らせてもらった。驚くべきことに、創業寛政年間、現在は九代目という歴史のある宿である。私もいつか、この旅籠に泊まることが、あるだろうか。 とてもいい気分でさて、昼飯にでもしようと選んだのがこの、かなめやさんである。奈良井宿にあって、囲炉裏を現有して使用しているのはもう2件しかないそうで、私がお店に入った時は、店主がちょうど外からストーブに焚べる薪を持ってきたところだった。 温かいお茶と目の前の囲炉裏に薪ストーブ。天井高高く築100年を超える古民家は時間の流れを忘れるほどに美しい。出てきた五平餅は、私の想像とは全く違うものであった。エゴマを朝から時間をかけてすっているのだ、と店主が言う。もち米が丸くオハギ型に仕上げられ、そこにエゴマの甘い味噌ダレがたっぷりとかかっている。木曽路でも、場所によって五平餅の形も味も違うそうだ。小鉢にはおでんと、赤大根のお漬物。 店主に木曽漆器の話や奈良井宿や宿場町の歴史などを聞きながら、このボリュームのある五平餅をいただくのは、至極素晴らしい時間であった。最初は火を落としてあった囲炉裏にも火がくべられ、冷え込む板間であるがほっこりと温かい。甘いものと塩気のもの。食べ終わる頃には腹もかなり膨れるほどのしっかりした量である。 こういった歴史を積み重ねた建築物というのは、出来合いの軽薄さとは無縁の落ち着いた空気がある、変えがたいもの、とでも言おうか。よくこれだけ昔の建築が残ってましたね、と言うと、もともとその、日本三大漆器であるこの町に、漆器の手習いやアーティストが住む文化があったからセンスがよかった、いいものをちゃんと綺麗に残せたんだと店主は言った。 私の父も、かなめやの五平餅を食べただろうか。たまたま通りすがった宿場町で、父の昔の写真の旅籠を見つけたと母に言えば、驚くだろう。歴史を積み重ねられた、と言うことは、人の様々な思いや歴史も積み重なっているのだ。こうして人の人生が僅かながらに交差して、また、私の足跡も誰かが辿るのかもしれない。 奈良井宿はその1キロに渡る宿場の眺めも素晴らしいが、その家屋の内側もまた、素晴らしい。店主によれば、現在でも多くの建物が実際に使われ、人が住んでおり、そういった環境の場所は日本でも少ないとのことである。確かに、見学ができるだけの保存のみ、の方が多いと私も思う。 奈良井宿は、昔の姿がそのまま残っている。それは、日常がそこにあるから、素晴らしいのである。
禁煙
PayPay決済可
ランチ営業あり
おひとり様OK
囲炉裏がある100年以上前の民家、落ち着いた雰囲気の蕎麦屋
















