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Michiya Suzuki

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好きなジャンル

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  • 天ぷら
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Michiya Suzuki

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excellent

大石田駅

そば(蕎麦)

山形県の大石田といえば、県内では蕎麦處として名を馳せている。そんな中で七兵衛蕎麦さんは、蕎麦好きにとって憧れのお店。天童からお店に電話する。この地区は豪雪地帯というイメージから、天候を確認すると道路に雪はないとのこと。昼時でもあり車を走らせた。このお店はファンも多く前評判も高い。食べ放題のもり蕎麦+山菜などの三品が付いて、何杯でもお代わりが自由。ひと椀食べ終わると追加のお椀を所望すれば持ってきてくれる。噛まないとならない田舎蕎麦。大根汁に蕎麦つゆを入れていただくが、大根の辛味を想像していたが、甘さのあるまろやかさがお代わりにつながる。さて、次年子という地区はむかし豪雪地帯で冬に生まれた赤ちゃんの出生届が翌年にしかできなかったので次年子といい謂れがあるそうです。その“時間のずれ”が、地域の暮らしの知恵や自然との向き合い方をそのまま地名に刻んでいるわけです。店構えからして、かなりの老舗と思いきや、オープンは平成元年だそうですが田舎蕎麦を堪能できるお店です。

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金島(群馬)駅

うどん

紅葉狩りの季節。家内の旅の計画で伊香保へ。天正10年(1582年〕創業。400年超の老舗。歴史を感じながら美味しい饂飩でした。ご馳走様でした。食後、同店の廊下に展示されていた「春秋遊楽図屏風」狩野系とあり、その解説の最後に「羽黒洞主誌」。羽黒洞の「羽黒」は出羽三山の羽黒に由来するかが気になりました。羽黒洞とは、木村東介(1901年〜1992年〕なる美術商が、1930年代から肉筆浮世絵や近世絵画を扱い、展覧会図録や研究誌を刊行。「羽黒洞主誌」と記されているのは、同氏がが刊行した展覧会図録や研究誌を典拠としていることを示すもので、作品の来歴や評価の根拠を示すために記され、その作品が羽黒洞の出版物に掲載されたことを示す。つまり「羽黒洞がかつて取り扱い、図録に記録した作品である」という意味でした。木村氏、本名:文雄は、山形県米沢市に生まれ、米沢商業学校を中退し上京。柳宗悦氏の指導を受け1936年に東京の湯島天神下に羽黒洞を創立。同氏の山形県の故郷は、いにしえより羽黒派修験道の聖地があり、羽黒は、「現世を救う」「再生を象徴する」という意味合いと響き合う。そして 「洞」という字は、祈りや修行の場、または深い探求の空間を示唆しており、羽黒山の霊性と結びつけたと想像しました。羽黒=現世利益・祈り・再生。洞=深い探求・精神的空間。

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good

3月26日(火曜日)屋久島の旅の最終日は、朝から雨と風から曇天。宿から出発して天候が気がかりになった。ヤクスギランドに到着する頃には猛烈な風。帰りの鹿児島までの高速船が欠航となる。予感は的中した。帰れないとなると今宵の宿が問題。添乗員の機転で帰りの交通機関の手配は完了したが、宿は昼過ぎまで決まらなかった。漸く田代別館に決まったことが告げられてほっとした。夕食前に屋久島の町を散策。18時30分から夕食。飛魚揚げがうまい。3月27日(水曜日)昨日とは穏やかな朝。朝食をいただきごちそうさまでした。

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3月24日(日曜日)鹿児島本港13時20分発。種子島を眺めながら波の高さが2mの波濤となり船も次第にローリングをする。15時10分屋久島宮之浦港着。下船後は宿、THE HOTEL YAKUSHIMA OCEAN & FORESTにチェックイン。4時20分上映の屋久島の歴史について鑑賞。益救神社に参拝。1日目の夕食は、屋久島焼酎「愛子」、「水の森」の水割りを戴きながら”屋久島おもてなし御膳” 前菜(金時草ごまだれ、揚げ里芋べっこう餡、飛魚フライタルタル、牛肉牛蒡巻、ブロッコリー)刺身盛り合わせ(メダイ、チビキ、カツオのたたき、タコ)蒸し物(あご出汁し茶碗蒸し)台物(黒豚と春野菜の寄せ鍋)陶板焼(地魚の焼しゃぶ)揚げ物(飛魚すり身の磯辺揚げ)御飯(伊佐米ひのひかり)吸椀(蛤と菜の花のお吸い物)デザート(屋久島産紅茶のプリン)旅の疲れを癒し、ごちそうさまでした。3月25日(月曜日)5時起床。7時朝食。今日は、千尋の滝は霧の中、ゴーゴーと滝の音が聞こえる。大川の滝は雄大で轟音をたてて流れ落ちる名爆な感動。西部林道には、野生の猿や鹿が見られた。永田いなか浜は海亀の産卵の砂浜。白谷雲水峡は、あのもののけ姫のイメージの森。♫….はりつめた弓の ふるえる弦よ、月の光にざわめく おまえの心、とぎすまされた刃の美しい、そのきっさきによく似た そなたの横顔、悲しみと怒りにひそむ まことの心を知るは、森の精 もののけ達だけ もののけ達だけ…….♬。ホテルに帰り夕食。前菜(春野菜の白和え、鶏肉ロール、筍ふくめ煮、地魚の漬け、空豆天)刺身盛り合わせ(イナゴマツ、メダイ、マグロ、水イカ)蒸し物(かぶら蒸し山葵餡)台物(カンパチしゃぶしゃぶ鍋)陶板焼(春野菜のバター焼き)揚げ物(飛魚の二色揚げ天)御飯(伊佐米ひのひかり)吸椀(地魚のつみれ汁)デザート(平内卵と永田の塩プリン)明日は、屋久島の旅の最終日。紀元杉が観られたらいいな〜。屋久島は焼酎がうまい!ごちそうさまでした。

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いづろ通駅

そば(蕎麦)

午前3時起床。今日は屋久島の旅の初日。午前5時5分調布を出発。羽田8時発JAL643便に搭乗。低気圧の影響で乱気流に遭遇しながら9時50分に鹿児島空港に着陸。空港から鹿児島市内にタクシーで移動。鹿児島本港南埠頭旅客船ターミナルに到着。タクシーのドライバーさんから降車する時、今日はあいにくの雨ですねと言うと、鹿児島では雨の日は縁起がいいと教えてもらいました。調べて「島津雨」・・・島津家に伝わる言い伝えの1つで、約800年前に島津忠久公を、雨の降る夜に出産したことに因んで、島津家では、雨をめでたいことが起こる吉兆として「島津雨」と呼んだといったそう。雨は時より激しく振り続ける。ターミナル内のヨローチェさん。”そば”の幟。えぇ〜。鹿児島で蕎麦?而も肉そば!山形の冷たい肉そばを思い出し入店。お店の方に鹿児島では、肉そばは食されているんですね。冷たい肉そばを注文着丼して見れば見るほど山形の肉そば?カツオとシイタケのだしが利いた鹿児島のしょう油ベースのつゆに、鳥油がたっぷり鶏肉のチャーシューと刻みネギがたっぷり載ったシンプルな味。ごちそうさまでした。因みに山形県鶴岡市の中心部にある石碑には、南州翁が揮毫した「敬天愛人」がある。天を敬い、人を愛する と読み「天は、他人も自分も平等に扱い、愛してくださる。それと同じく、自分を愛する心をもって他人を愛することが大事である。」戊辰戦争の際、幕府側だった庄内藩に対しては、南州翁の意向により寛大な処分が下されその後、庄内地方では大変敬愛されるようになった因縁から庄内と薩摩のつながりを感じます。鹿児島本港13時20分発、種子島を眺めて15時10分屋久島宮之浦港着。