昭和61年まで浅草には「仁丹塔」という森下仁丹の広告塔があった。 雷門通りを走る赤い二階建てバスからその仁丹塔を見上げるのが、正しい浅草観光のあり方だった。 「仁丹」。 昭和時代のオヤジサラリーマンは必ずスーツの内ポケットに仁丹を携えていた。 「オジンのジンは仁丹臭いのジン」 だと、当時の女子中学生は皆本気でそう思っていた。 その仁丹塔は浅草菊水通りと呼ばれる広くない通りの入口にそびえ立っていた。 菊水通りはもともと浅草の芸人や通人達が多く住む横丁で、ナイツのネタに出てくる「漫才協会」も、現に菊水通りに存在する。 作家の高見順や坂口安吾が愛したお好み焼きの名店「染太郎」も、この通りに今も当時の姿で佇んでいる。 ボクが物心をつく頃には、まだ、菊水通りには沢山のもつ焼き屋や大衆酒場があった。 そのはず、「菊水道場」という大衆酒場の大箱店が、この通りの名前の由来である。 「菊水道場」には父親に連れられて、一度だけ行った記憶がある。当然まだ酒を飲める年齢ではない頃だった。 それから10年程が経ち、自分のアルバイト代で多少呑めるようになり、何故か「菊水道場」を目指して行ったのを覚えている。 しかし、菊水道場はすでに巨大なマンションかラブホテルに姿が変わっていた。 それでしょうがなく近くの似た大衆酒場に入った。 それが「大衆酒場もつ焼き松楽」であった。 大ぶりのもつ焼きが人気で、いつも気のいい酔っ払い達で混んでいた。 隣の酔っ払いに勧められて「豚レバ刺」を人生で初めて食べたのが、この松楽だったと記憶する。 当時一皿250円か300円ほどだったと思う。 松楽のレバ刺しがあまりに美味しく、家族に食べさせたいから持ち帰りたいとお願いしたら、快く包んでくれた事があった。 たった十数年前の事だが、現在じゃ考えられない事だ。 何故か「カレーのルー」だけを頼み、それにもつ焼きをくぐらせて食べている人がいた。 それをマネしてみると、飽きて来た大ぶりのもつ焼きが、また新鮮な肴に化けるのである。 締めは決まってワンタンスープ。ホッピーやチューハイで冷えた胃を温めるのだった。 その後、ボクも社会人になり「松楽」で呑む事から遠ざかり、いつの間にか疎遠になっていた。 時は田崎真也的ワインブームが席巻し、会社の上司や先輩と呑む機会が増え、ボク自身も居酒屋よりワインバー的な店に居る事が増えていた。 ワインはブームから定着期になりつつも、景気は更に悪くなり、また安酒場で独り呑みする時間が増えてきた。 そんな時にあのレバ刺しを思い出して、フラっと「松楽」を訪れてみた事がある。 だが、そこにはボクの知っている景色は既に跡形も何もなくなっていた。 居酒屋桐。 本当に最近、偶然に入って知ったのだが、「居酒屋桐」は「松楽」に居た人が独立開業した店であった。 嬉しいと言うより、動揺した。 突然、幼い時に離れ離れになった兄弟に無理矢理再会させられた気分だった。 メニューを覗くと懐かしいラインナップがしっかりあって、だんだんと嬉しさが湧き上がる。 大ぶりのもつ焼き、カレーのルー、ワンタンスープ… だが、あのレバ刺しだけは「桐」のメニューには、残念ながらなかった。 ＃もつ焼き ＃キンミヤ ＃菊水通り ＃松楽
駅から近い
禁煙
ランチ営業あり
ワンタンスープにもつ鍋がおいしい地元の居酒屋さん
