仕事から解放される金曜日。仕事が終わって調布から郷里栃木へ。東京外環自動車道大泉ICに入線。1973年にリリースされた『四重人格(Quadrophenia)』イギリスのロックバンド、ザ・フー。1960年代中期のロンドンで、モッズ少年のジミー、多重人格と精神的な葛藤を聴きながら郷里に帰宅。翌土曜日は、塩原温泉に向かった。源泉掛け流しの温泉で、リラックスしたいな〜。渓谷沿いは緑がいっぱいで癒されます。温泉街を低速で走っていると、明治5年(1872年)創業の看板が、目に飛び込んできた。創業年に惹かれた。温泉街の無料駐車場に車を止めて歩く。お店の隣は、凡そ800年前 平清盛の妹妙雲禅尼が開山された臨済宗妙心寺派『妙雲寺』「明治元年(1868年)9月戊辰戦争の時、會津軍がこの地を占領し、官軍を迎え討とうとしたが、事敗れ退去に際して全村を焼き打ち。妙雲寺本堂(釈迦堂)も火を放つ前に、皇室への畏敬の念から本堂天井の菊花紋章を墨で消したという。その時、檀徒渡辺新五右衛門は本堂を焼かないよう必死の嘆願をし焼失を免れたという。またこの寺に「二代目高尾太夫の墓」がある。扨、入店して大きな見慣れぬ物体が置かれていた。冬瓜だった。それにしても大きいな〜と思いながら、カウンター席に着席。お品書きを見ると、何でもご用意できますといった温泉街の日本料理、割烹。「そばランチ」のお蕎麦は、手打ちですか?いいえ、手打ちではございません。あぁそうですか。ちょっと気落ちした。天重vs松本会席ランチ? 松本会席ランチ(デザート付き)を注文。さほど待たされることもなく、おまちどうさま。彩よく温泉街での美味しい和食。デザートは自家製の羊羹。お会計の時、お店の明治5年創業ということが気になります。今で五代目さんくらいですか?いいえ、割烹としては三代目です。その前は旅籠をしていました。そうですか。美味しくいただきました。時は幕末から明治新政府の時代になり、薩摩から下野に赴任した三島通庸が、塩原温泉に至る道を開拓。そして明治・大正・昭和と多くの文人墨客が訪れ、塩原温泉を作品に残している。お店を出て◯に揚羽蝶の紋。そして妙雲寺の山門の瓦にも◯に揚羽蝶の紋。ごちそうさまでした。
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この日も塩原界隈をぶらぶらと散策… 昼時になり此方のお店へランチに… ランチメニューからお刺身定食をチョイス… 山間部という事であまり期待してませんでしたがネタといい味付けといい丁寧な仕事をされている印象がありましたが提供されるまでの時間があまりにも長く(この日は小一時間近くも…)再訪には⁉️って感じでした。
ヒレカツ定食も懐石定食も美味しかったです。 特に、栃木豚肉がやわらかくてたまりませんでした。