【 心を打ち、その美味しさに涙するような料理がある 】 それは、高級な食材でもなければ珍しい食材でもない。健康のためにと始めた畑で、自分で栽培し収穫したお野菜を、丁寧に愛情を込めて料理する。 お出汁だけはしっかりととるけどね、ほんとうにただの家庭料理ですよ。とママは言うが、とんでもない。これはただの家庭料理などというものでは絶対にない。赤カブを一口齧って、そのあまりの鮮烈な味に興奮を隠せない。様々に並べられた料理の中でその、テクスチャーのバランスまで取っているふっくらとした柔らかさの中にある、赤カブの瑞々しさに、背筋がぞくっとした。それは、心を震わせるほどの料理である。 目の前のお盆に色とりどりのお料理が並べられてゆく。お一人でこれだけ料理をするのは大変でしょう、と言ったら、作り置きを結構作るからね、との事だが、とにかく頻繁に来るお客さんのために”野菜はいっぱい取れるけど、味を変えないと”という事で、実に様々な調理をされている。野菜は、同じ種類が継続してその季節に一気に採れてしまうのだが、そう言った季節感こそが、とても大切な事だと思う。 それぞれの素材に、それぞれの調理がされている。大根、たけのこ、こんにゃく、フキ、きんかん。珍しい聞いたことのないお野菜も一つ。子持ちのイカは今が季節の最後で、タコのお刺身にカキフライとだし巻き卵。ブロッコリー、自家製岩のり、大根のお漬物。蕪蒸し。 どれもこれもが、なんと味わい深いことか。カブラを食べて驚いて、きっとフキもすごい味がするだろう。とおもったら、やっぱりその通りだった。背筋がゾクゾクする。 本当に普通の味はポテトサラダぐらいで、それぞれの素材の際立つ個性とともに、旨味を存分に引き出しながらネガティブな部分を一切感じさせない凄まじい調理だった。無農薬、自家製の野菜は味が濃く強い。ともすれば、アクが強すぎることもあるだろうが、そう言った部分を圧倒的に丁寧な処理で見事なバランスとして整えられている。 隣で食べている友達がグズグズ言い出した。これはアレルギーなどではないことは容易にわかる。美味しすぎるから泣いているのだ。その、美味しさの根源は、調理法だとか、塩打ちだとか、技術的側面ではない。 料理の全体から滲み出る、ママさんの人生そのものの発露の一端の、澄み渡る清涼さ、に他ならない。体にいいからと自然食にし、私もお父さんも風邪をひかなくなったから、それをお客さんにも出そうねと。娘や孫たちに”おばあちゃんのお料理は本当に美味しい”と言われる所以。 私も、食べながら泣きそうになった。美しい料理は、人の心を打つ。 「実はね、今日は久しぶりにお店を開けたのよ。ちょっと体調崩しててね、でね、昨日お料理を作ったら娘にちょっと、塩加減が甘いっていわれちゃって、今日はドキドキ久しぶりの試験運転なの」 多分その塩加減とは、本当に些細なところにあるはずで、長年ママのお料理を食べた娘にしかわからない事、であるだろう。まったくもって、全てに整えられ完璧なお料理を前に、そんなことを思った。 最後にコーヒーまで出てきて1200円の野菜たっぷりランチ。採算は度外視であることは明白であるが、ひきもきらぬ近所の人たちで、きっと、みんな健康でおいしいものが食べれたら、私も幸せなのよね。という、そんな素敵なお店である。
駅から近い
禁煙
ランチ営業あり
天橋立、天橋立駅近くの自然食が食べられるお店














