Hitoshi Tanaka
祇園四条駅
懐石料理
説明は要らない祇園の名店で贅沢な夕食を頂く
写真#1は、松茸の土瓶蒸し。説明は後述する。 写真#2は先付けの鉢。伏見の斉藤酒造さんの英勲ですと紹介された盃を空けてから頂くアミューズには、九月九日重陽の節句にちなんでの「菊なます」である。ほうれん草と平茸、雲丹、そして鮑を日本酒で煎ったものである。鮑の出汁が出ている贅沢な一品である。煎り酒は醤油が普及する前の調味料であったことを思い出した。保存が効かないので廃れたがきつくなくまろやかな味であった。 写真#3はお造りの魚である。縞鰺、烏賊、章魚、そして中央の魚は気仙沼の戻り鰹とのこと。夏の間に豊富な餌を食べて脂がのっており、気仙沼は黒潮と親潮の出逢う豊かな漁場の三陸沖に近い。この魚だけ漁港名の説明があったのは宜なるかなと思ったのである。 写真#4は調理前の車海老。調理前の魚を見せるのは材料に自信がある店しかできない。まあ客のほうでもそれなりの目利きでないと、これがただの儀式になるわけだけど活きの善さくらいは素人にも判るのである。 写真#5は鰆の味噌漬けだったような覚えがある。カリカリの皮の部分と内側のホカホカの身の部分の歯応えの落差を楽しむのである。 写真#6と最初の#1は松茸の土瓶蒸しである。帆立貝の真丈、粟麩、鱧の落としと主役級の食材が競っていて大満足である。なお、松茸は旬の早い北海道産とのこと。北海道産の松茸は身が固く締まっており、旨味が濃いという。これはたまらん。百合根も入っていた。 写真#7,#8はお造り。四皿は左から、胡麻ダレ?、藻塩、醤油、酢橘で、刺身の左は自家製のイクラの醤油漬けである。お造りの中で、タコの足は私の人生で一番に柔らかであった。どうやったらこの柔らかさが出てくるのであろうか。こういう驚きに遭遇するのも食べ歩きの醍醐味である。 写真#9は、飯蒸しである。餅米に大原のしば漬けを混ぜ込み、上にカマスの塩焼きを載せ、香り付けに酢橘を搾ってある。 写真#3と#4でお披露目した食材を調理したものであるが、左上は自家製のイクラの醤油漬け。刺身には左からマスカルポーネチーズを溶かし込んだポン酢、次が藻塩、そして醤油、右端が酢橘である。タコは山葵を載せて酢橘を搾って、藻塩を振って食べると良いと教えて頂いた。 写真#10,#11は、上にススキとリンドウの花を載せた秋の虫籠仕立ての四鉢である。和食は料理素材もさることながら、器や虫籠などの仕掛けで季節感を出してくれるのが嬉しいポイントである。一番上は胡麻ダレを掛けた無花果、三時の鉢はタコの柔らか煮に胡瓜の酢の物、六時の鉢は玉子のカステラ風真丈と鰻の八幡巻、エリンギ煮、ふかした衣かつぎに大徳寺納豆を鋳込んであり、この納豆がアクセントとなっている。九時の鉢は甘海老を海鼠腸(コノワタ)で和えたものである。12時の鉢から食べていくと五味(甘み、酸味、苦味、塩味など)を順番に感じることができて唸った。6時の鉢に松葉を添えるだけで茶色の煮物が引き立ってくるのは凄いと感じた。 写真#12は琵琶湖の小海老と大豆を炊いたんであるが。この海老の身が太くて中身も充実していた。居酒屋で川海老の唐揚げを頼むとカラだけのような海老が出てくることがあるが、この夜の海老はプリプリという表現が当てはまるほどの充実ぶりであった。店の方に伺うと海老も季節によって太ったり痩せたりするので、身が太い海老があったら大量に買い付けて煮ておくのだそうだ。 写真#13は説明は不要だろう。自家製のカラスミである。 写真#14は飛ばして、#15は贅沢な雲丹と土佐高知に上がった鮪の寿司、#16と#17の魚は忘れた。 写真#18,#19は、栗と銀杏、松茸の朴葉焼きである。松茸が横綱ならば栗と銀杏は東西の大関になるのだろうか。和食は季節の移ろいを目で舌で感じさせる。実に日本人で良かったと思うのである。 写真#20、#21は、賀茂茄子と毛蟹の揚げ出しである。おろし生姜を餡に溶かしていただくと生姜の刺激で餡の甘みが引き立ってくるのである。京都人は本当に「餡」が好きなのだなあと思った。唐突であるがマルシン飯店の天津丼を思い出した。あれも「餡」である。 写真#22の茄子の存在感と漬物の配置、皿の色、文句なしである。 写真#23からは土鍋炊きのご飯であるが、山椒、鯛のでんぶ、しらす干と次々に出てきて困った。どれもこれも旨いのである。 栗きんとんと水羊羹をお薄でいただき、お終いかと思いきや、三角(写真#27)のお土産までいただいた。中身は各自、お店で食事して確認されたい。 なお、たまたま同席したのは祇園で一番の舞妓さんだった方で、非常にバイタリティーを感じた。この店の裏でバーを営んでいるとのことであるが、食後については記さないことにする。














