
【明治24年発祥の歴史を伝える名物バッテーラ膳!】
大阪府大阪市北区天神橋2-4-3 にある寿司常さんに訪問しました。
天神橋筋商店街二丁目から裏門筋に入った場所で、バッテーラをいただこうとランチ訪問しました。
火・水が定休日で、基本は夜のみの営業ですが、金・土・日のみ昼営業をされています。
11:40訪問すると、和調の清潔感漂う店内にカウンター6席で、先客と入れ替わる様に入店できました。
お昼の看板メニューは!
バッテーラ膳 or 活あじ棒膳
その先代の祖父が明治24年ミナミの寿司店から独立した時に創案した歴史あるバッテラ。
先代が「ばってら発祥の店」と看板を掲げ、戦後に始めた生あじを使った棒ずしあじ棒。
どちらも歴史ある名店の名物メニューです。
どちらにしようか悩みましたが、
バッテーラ膳 2,090円税込
バッテーラ
巻物
小鉢
赤だし
この日はコノシロか鯖かどちらにしますと言われたので、そもそもバッテラ発祥のコノシロでお願いしました。
メニューからバッテーラ(バッテラ)について
バッテラの由来
明治二十四年、寿司常の創業者「中 恒吉」が当時大阪湾で大量に獲れたコノシロを使って考案した寿司が始まりです。コノシロの方身をふきん締めした姿寿司が好評を博し多数の注文を受ける中、ふきん締めでは間に合わなくなり木の舟形の寿司型を製作しました所、それを見たあるお客様がポルトガル語でバッテーラbateira(小舟)と呼んだので、この寿司を「バッテーラ」と名付けました。
いつしかバッテーラがバッテラと呼び名を変え、コーシロの値段が上がった事などにより鯖を使用するようになったため、押し型も舟形から箱形の型へと変わり現在のバッテラの姿になりました。
当店ではバッテラの形を舟形に戻し呼称も初代が名付けたバッテーラとしました。明治時代に大阪の地で生まれてたバッテラの歴史を、少しても感じ頂ければ幸いでございます。
元祖バッテラ
活けあじ棒寿司
寿司常 四代当主
そんな思いも感じながら、目の前で大将がバッテーラ作ってくれます。
最初の小鉢
落花生のお豆腐をすぐに提供してくれました。
大将は愛想良く、色々と話しかけてくれます。
その間にも予約の引き取りとか、来客など忙しなくワンオペで遣りこなしてました。
目の前でバッテーラを独特な木の押し型で作る職人技を見ながら、あっという間におよそ10分でバッテーラを提供してくれました。
落花生のお豆腐は、香ばしい落花生の味が食欲をそそる風味と味わい。
バッテーラの横には太巻きとガリが添えられています。
太巻きは椎茸ときゅうりの巻物で、椎茸の味付けが甘すぎずこれが美味しいです。
バッテーラは、コノシロの上にバッテラ昆布が敷かれて見た目も艶やかです。
コノシロはあっさりと旨味も強く美味しいです!
絶妙に押されたバッテーラは押し寿司よりも優しく、程よくシャリの食感もホロリと楽しめます。
食べ始めると赤だしを持ってきてくれました。
赤だしの具には茄子が使われて、これまた美味しい赤だしです。
バッテーラとは、どこか懐かしくも美味しい後世に繋いでいってほしい名店の味でした。
バッテーラの歴史も含め、味わいながら食べ進められ、あっという間に完食してしまいました!
明治24年発祥のバッテーラとても美味しくいただきました。
12:25分に店を出ると、
「本日お昼膳売り切れました。
有難うございます。」と貼り紙はされてました。
食べてる途中も予約の持ち帰り分を作ってて、シャリが残り少なそうだったもんな。危ねー、食べ損ねる所だったわ。
予約して行かれる事をオススメします。
応援したい気持ちも込めて点数は高めで!
今度はあじ棒を食べてみたいな。
大将、ご馳走様です。
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