
紅葉狩りの季節。家内の旅の計画で伊香保へ。天正10年(1582年〕創業。400年超の老舗。歴史を感じながら美味しい饂飩でした。ご馳走様でした。食後、同店の廊下に展示されていた「春秋遊楽図屏風」狩野系とあり、その解説の最後に「羽黒洞主誌」。羽黒洞の「羽黒」は出羽三山の羽黒に由来するかが気になりました。羽黒洞とは、木村東介(1901年〜1992年〕なる美術商が、1930年代から肉筆浮世絵や近世絵画を扱い、展覧会図録や研究誌を刊行。「羽黒洞主誌」と記されているのは、同氏がが刊行した展覧会図録や研究誌を典拠としていることを示すもので、作品の来歴や評価の根拠を示すために記され、その作品が羽黒洞の出版物に掲載されたことを示す。つまり「羽黒洞がかつて取り扱い、図録に記録した作品である」という意味でした。木村氏、本名:文雄は、山形県米沢市に生まれ、米沢商業学校を中退し上京。柳宗悦氏の指導を受け1936年に東京の湯島天神下に羽黒洞を創立。同氏の山形県の故郷は、いにしえより羽黒派修験道の聖地があり、羽黒は、「現世を救う」「再生を象徴する」という意味合いと響き合う。そして 「洞」という字は、祈りや修行の場、または深い探求の空間を示唆しており、羽黒山の霊性と結びつけたと想像しました。羽黒=現世利益・祈り・再生。洞=深い探求・精神的空間。