「日本人は引き算の美学を持つ。」 料理の世界でよく語られる言葉だ。 余計な味を足さない。 素材の声を聞く。 最小限の手数で最大限の感動を生み出す。 蕎麦もそう。 鯖寿司もそう。 だから私は、生駒駅前にある伊駒へ向かった。 ……という知的な導入を書いてみたが、 料理が運ばれてきた瞬間の感想は違った。 「鯖や!!!!!!」 ハーバード大学卒業証書、没収。 まず目に飛び込んできたのは、美しく銀色に輝く鯖寿司。 この銀色。 もはや魚ではない。 着るアクセサリー。 ティファニーの新作ですと言われても一瞬信じる。 一口。 …… ………。 酢飯がほどける。 鯖の脂がふわっと溶ける。 塩味は優しい。 酸味は丸い。 全部がちょうどいい。 派手ではない。 なのに、 「もう一個。」 という命令だけ脳に直接届く。 この鯖寿司、怖い。 気付いたら皿が空になっている。 たぶん鯖の方が歩いてきた。 そうとしか思えない。 そして蕎麦。 透明感のある出汁。 湯気の立ち方まで上品。 まず汁を一口。 昆布。 鰹。 醤油。 全部が喧嘩していない。 それぞれが 「今日は君が主役で。」 「いやいや君こそ。」 と譲り合っている。 令和の理想社会である。 麺をすすれば、喉を通るたびに香りが抜ける。 決して主張しすぎない。 でも確実に存在感がある。 こういう人、会社にも一人いてほしい。 会議で一言しかしゃべらないのに全部持っていくタイプ。 蕎麦界の仕事できる先輩。 さらに天ぷら。 衣が軽い。 サクッ。 ではない。 サ……クッ。 この「……」がある。 空気まで揚げている。 特に写真の鯖天。 これがまた面白い。 さっき寿司だった鯖が、 今度は天ぷらとして再登場。 同じ魚なのにキャラ変が激しい。 寿司ではクール系イケメン。 天ぷらでは体育会系。 転職成功してる。 そして添えられた塩。 天つゆじゃなく塩で食べると、 素材の甘みが一気に前へ出る。 ここで偏差値2の私が突然、 「塩って、塩やなぁ。」 と言った。 隣の知性ある自分が頭を抱えていた。 当たり前である。 途中でふと考える。 奈良県って海ないやん。 なのに、 なんでこんな鯖寿司が美味しいんや。 調べると、奈良には海がないからこそ、昔から保存性の高い鯖寿司文化が根付いてきた。 なるほど。 歴史ごと食べてるんや。 ……と感心した次の瞬間、 偏差値2の私がまた出てくる。 「つまり鯖って歩いて奈良まで来たん?」 来るわけない。 昔の人が運んだのである。 歴史への冒涜でしかない。 でも、こういうどうでもいいことを考えながら食べられる料理ほど、実は心に余裕が生まれている証拠なのかもしれない。 派手さはない。 SNSでチーズが滝のように流れることもない。 ドライアイスも出てこない。 店員さんが火炎放射器を持ってくることもない。 なのに、 食べ終わる頃には満足感だけが異常に高い。 これが和食の恐ろしさ。 足し算ではなく、 **「足さない勇気」**で勝負してくる。 伊駒は、生駒駅直結のグリーンヒルいこま内で長く親しまれ、自家製蕎麦や鯖寿司で人気を集めた一軒だった。現在は閉店しているが、多くの人の記憶に残る店でもある。 店を出る。 お腹いっぱい。 心もいっぱい。 駅前を歩きながらスーパーを見つける。 魚売り場へ行く。 鯖を見る。 そして心の中で一言。 「お前、今日は休みでええ。」 今日だけは比較対象が強すぎた。 帰り道、私の頭の中はずっと蕎麦と鯖寿司でいっぱいだった。 いや違う。 半分は蕎麦。 もう半分も鯖。 結局100%鯖だった。 #生駒 #蕎麦
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