更新日:2020年03月24日
上野公園でゆったり味わう素朴なお団子
【桜に鶯】 2020年、都内の桜が満開となったのは、3月22日のこと。 その前日、3月21日、所用があって上野公園を通り抜けました。 そのまた前日、3月20日から、上野駅の公園口改札が移動しています。 以前より100m北側となり、上野公園の敷地に直結しています。 東京都は、今年、来園者の散策は規制しないものの、花見宴会は自粛を求めています。 新型コロナウイルスの感染拡大を防ぐためです。 例年の賑わいを知っているので、人出の少なさに驚きます。 「新鶯亭」の前を通ったら、ほとんどお客さんの姿がありません。 こんな人気スポットまで、このありさま。 売り上げに貢献しておかなくてはと、小休止を取ることにしました。 店を覆うように、草木が生い茂っています。 脇には、藤棚があり、縁台が並んでいます。 上野の山は、元々、東叡山寛永寺の敷地。 江戸時代から、花見の名所として庶民から親しまれてきました。 日本初の公園として登録されたのは、明治9(1876)年のことです。 そして、「新鶯亭」の創業は、大正4(1915)年。 戦前まで鶯谷にあった貸席料亭、鶯亭の店主が新たに構えた店だから「新鶯亭」。 現在、四代目です。 名物の「鶯だんご」600円と、「アイスコーヒー」500円をオーダー。 「鶯だんご」は創業当時からの変わらぬ味わいを、今に伝えています。 小豆餡、白鷺と呼ばれる白餡、鶯と呼ばれる抹茶餡の三種。 保存料を一切使わない、手作りの味です。 三つ全て、漉し餡。 何という滑らかさ、柔らかさでしょう。 串に刺せないのが良く分かります。 断面の画像を見てください。 小豆餡には、十勝産の小豆と、赤きびの餅。 白餡と抹茶餡には、同じく十勝産大手亡の餡と、上新粉の餅を使っているそうです。 大正初期、上野の山では、各種の行事・催しものが次から次と開催されていました。 「新鶯亭」創業の1年前、大正3(1914)年には、「東京大正勧業博覧会」が開催されています。 この際、不忍池には「ケーブルカー」と称されたロープウェイが架けられました。 上野公園の台地から不忍池まで、日本初のエスカレーターも設置されました。 上野は、日本の「ものづくり文化」の最先端を行く土地でした。