"脱シェフ"ラーメン屋を追え!名店「オテル・ドゥ・ミクニ」出身者がラーメン界にもたらしたもの

2017/05/08 小林 孝充

ライター紹介

小林孝充

TVチャンピオンラーメン王選手権第8回優勝。ラーメンWalker百麺人。 歴代ラーメン王によるラーメン大王決定戦で優勝し"初代ラーメン大王”に。累計13000杯のラーメンを食べたラーメン界のトップランナー。Rettyアカウントはこちら

ラーメンの面白さには底がない。数多くのラーメンを食べてきた私が常々そう感じるのは、ラーメンが日々進化を続けているからだ。

新店は増え、既存店はこぞって新メニューを出す…それほどまでに作り手を夢中にさせる何かがラーメンにはあるのだろう。

また、お客としてラーメンを食べるに飽き足らず、自分の理想のラーメンを追い求め、それまで勤めていた会社を辞めて開業する「脱サラ」ラーメン屋という存在も、もはや珍しくなくなった。

「脱サラ」ラーメン屋は、店主独自の個性やこだわりから、今までの枠にとらわれない新しいラーメンを世の中に多く送り出し、結果としてラーメンの多様性を広げるのに、多大なる貢献をしたと言えよう。

そして今、ラーメン界に起きているひとつの潮流。それが「脱シェフ」ラーメン屋である。

ここでいう「脱シェフ」ラーメン屋とは、イタリアンやフレンチなど、一流の飲食店でシェフとして腕をふるった料理人が独立して開業するラーメン店を指す。前菜・スープ・魚料理・肉料理など、無数の料理の技法が一杯のラーメンに集約される。

料理人の経験を活かした究極の一杯とは? 彼らはなぜシェフを辞め、ラーメン屋を開くにいたったのか? そんな気になる「脱シェフ」ラーメン屋を連載で紹介していく。

フレンチの名店「オテル・ドゥ・ミクニ」からラーメン屋へ

第1回の今回、取材をさせていただいたのは本八幡にある「菜」。

電話番号は非公開、雑誌取材も断っているという同店の取材許可を特別にいただいた。

菜の店主である大塚憲司さん。彼の料理人の経歴はフランス料理で世界的に有名な三國シェフの店「オテル・ドゥ・ミクニ」に始まる

1日で辞める人も多いというミクニの厳しい修業を4年ほど積んだ後、インターコンチネンタルやシェラトンなど様々な職場で腕を磨いた。フレンチだけでなくイタリアン、パン屋なども経験し、12年間の修業の末2001年に菜をオープン。

ラーメン屋を開くきっかけは、ミクニで同期として共に修業し、伝説の店「マルバラーメン」(現在は閉店)をオープンさせた小松征司氏の存在が大きかったとのこと。TVチャンピオンのラーメン職人王選手権で小松氏が優勝するなど、メディアで小松氏がラーメン屋に転身したことを知り、同期の活躍に刺激を受けたという。

また、子供が生まれるタイミングだったことも重なり、自分で勤務時間の融通がきくラーメン屋への転向を決意したそうだ。

フレンチ出身のシェフが生み出す究極の「塩ラーメン」

メニューは、ラーメンとつけ麺。それぞれ醤油、塩、濃口かつお、濃口にぼし、塩かつお、塩にぼし、白味噌、赤味噌、麦味噌の9種類から選べる。これらをたったひとつのスープから作り分けている。

味の種類の多さに注文を悩むが、すべての味のベースになっているという塩味をチョイス。トッピングはほうれん草、海苔、チャーシューと非常にシンプルな構成。

スープのクリアぶりに改めて驚かされる。

そして、麺を持ち上げると鶏のいい香りが。自家製の麺はやや平たく柔らかめ。スープを飲むと鶏の旨みとともに軽い魚介の風味も。すっきりとしているが決して薄味というわけではなく、ついつい飲み干してしまうまさに洗練された味わいだ。

フレンチの技術を使った「レアチャーシュー」

このラーメンでフレンチの技術が色濃く残っているのが、真空調理法を使用した「レアチャーシュー」

開店当初は真空調理を使うラーメン屋は他になく、この店のレアチャーシューはラーメン業界に衝撃をもたらした。ラーメンコンテストのチャーシュー部門賞を当時独占していたのが私の記憶に強く残っている。

今ではラーメン業界のひとつの定番になりつつあるレアチャーシュー。その歴史はなんとこの店から始まったのである。

フレンチの技術を生かし、新しいアイデアをラーメン業界にもたらした店主・大塚憲司さん。そして、その技術に走りすぎることなく、お客様目線でわかりやすい美味しさの提供にこだわる姿に元シェフとしての矜持を感じずにはいられない。

本八幡(千葉県)ラーメン  

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