店主の影のあるイケメンぶりと作品に感動、聴いてください 『新・上京トンカツ物語』 サク、サッサッサッサッサッ 手元の黄金色に輝くものは簡単にその断面を見せつけてくる。今日も絶妙な温度管理で最高の火の入り。この技術を身につけられたのはそう古い話ではないが簡単な道のりではではなかったと、今では落ち着いて思い出せる。肉は熱せられているが完全に火を入れず、柔らかさと適度な歯応えを感じそこから最大限の肉汁を引き出せる低温でじっくりと揚げる手法を確立できたのは数年前か。あれから桜は何回咲いたんだろうと、その仄かにサクラ色に艶めく断面を見ながら、店主成蔵は束の間の郷愁に想いをくぐらせた。 この東京に出てきたのは高校卒業して間もなくの頃、東京では桜が咲き、間もなく散っていった。俳優になると目標を掲げて上京、華やかな芸能界に憧れてという訳ではなく、どちらかというと役に没頭する俳優の生き方にひかれていたんだと思う。上京してすぐ、運良く小さな事務所に拾われ小さな仕事をもらいながら慎ましく生きてきたつもりだった。半年、一年と同じ状況が続き、この先もどうなるだろうと不安はいつもあったが悩んではいなかった。2年目ある映画の役が決まった。重要な役処、クランクイン半年前からその役作りに没頭できた。その他の小さい仕事も頻繁にあり順調だった。クランクイン1ヶ月前、事務所が無くなった。なぜ倒産したのかは結局分からない。ただ知らずにしたサインで数百万の借金ができたことはわかった。あとで社長から、お前の売り込みにも大きな金はかけていた、借金の事はすまない、と電話があったが、何故か怒りはなく身体中に力が入らないだけだった。もうどうでもいい日々、食欲というより全ての欲が無くなり、出家でもしようかと、にやけながら髪の毛を引き千切った時もあった。仕事は主に日雇い、稼いでも借金の支払いかと金への執着もない。絶望というよりは虚無感が体の奥から滲み出し覆いつくしていた。 冬が終わりかけた日、虚無感を纏いながらの仕事。債権はいつの間にか街金系に移り元本も利息も良くわからない。今朝も朝からなけなしの札をむしり取られた。ただ悔しさも感じなかった。仕事が終わりただ家まで歩く道のり、ビルの硝子にふと写る自分を見た。久しぶりに見た硝子に写る自分。生きた人間とは思えない目をし、とても痩せていた。泣いていいかなと変な感情が湧いてきた様だった。お約束のように痩けた頬を撫で、首を傾げた刹那、肩を捕まれ、見たこともない3人の少年にビルの脇に呼ばれ、日雇いで手に入れた金を奪われた。少年たちの発言に、反応のない僕を壁に押し付け、頭部を鼻に激しくぶつけてきた。顔面全体が熱くなり、じんじんとする。鼻血が流れはじめ手で鼻を抑えた時に腹を蹴られた。しりもちをつき上げた顔をまた蹴られた。朦朧としながらも何故か立ち上がり、目に入った少年たちの顔は生き生きとした笑顔だった。悔しい、悲しい、恥ずかしい、歯痒い、イラつく、色々な感情を思い出した時だった。遊戯のように殺されかけながら、生きていたことを感じさせられた。いつ頃か涙が出てきて視界もぼやけ、少年たちは居なくなっていた。体中が軋み、その人に抱えあげられた腕も痛かったのを覚えている。「おい、大丈夫なのか」と上半身を起こしてもらい、持っていた塵紙とハンカチで血や泥を拭いてくれた後も、しばらく横に黙って座っていてくれた。それがその人との出合いだった。どのくらい時間が経過しただろうか、怪我は大したことなく歩けそうだとわかるとその人は僕をささえてこう言った。「飯くうか」その人に支えられ歩き、どうやらその人のお店に連れられた。何も言わず僕をカウンター席に座らせて調理を始めたその人はたぶん色々と察してくれていたと思う。ただカツあげされてた不運な男ではなく、背中に見える虚無感まで感じ取ってくれてたんだろう。 さあ、食べなと出てきたトンカツの衣の色はまだ目に焼き付いている。切れた口のなかの痛みを考えもせずに一切れを口に詰め込んだ。痛い、熱い、旨い、甘い、ただ夢中で噛み締めた。炊きたてのご飯を食べたのも久しぶりだった。とん汁で喉に流し込んだ。その夢中のなかで初めて味わったその珠玉の味に気づいた。「うまい」と口にしたと同時にまた涙が溢れでた。そうだろうと自慢げなその人が言った言葉、それが僕を次に進めてくれたんだ。 「人間なあ、そんな偉くならなくっていいんだ。いつでもトンカツ食べられるぐらい、それぐらいが調度いいんだよ」 その時箸で持ち上げたトンカツの断面もいつかの春に見たサクラ色だった。 脚色はフィクション 料理はノンフィクション トンカツ慕情ごめんなさいm(__)m
Naoki Sasayamaさんの行ったお店
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うどん 丸香
神保町駅 / 讃岐うどん
- ~1000円
- ~1000円
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日本橋 天丼 金子半之助 日本橋本店
三越前駅 / 丼もの
- ~1000円
- ~1000円
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肉の大山 上野店
上野駅 / 洋食
- ~1000円
- ~2000円
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銀座 佐藤養助
銀座駅 / うどん
- ~2000円
- ~2000円
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つじ半
日本橋駅 / 魚介・海鮮料理
- ~3000円
- ~3000円
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bills 七里ガ浜
七里ヶ浜駅 / カフェ
- ~3000円
- ~5000円
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山東 1号店
元町・中華街駅 / 中華料理
- ~2000円
- ~3000円
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麺屋 一燈
新小岩駅 / ラーメン
- ~1000円
- ~1000円
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神田まつや
淡路町駅 / そば(蕎麦)
- ~1000円
- ~2000円
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生粋
末広町駅 / 焼肉
- 営業時間外
- ~10000円
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亀戸ぎょうざ 本店
亀戸駅 / 餃子
- ~2000円
- 営業時間外
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田中そば店 秋葉原店
末広町駅 / ラーメン
- ~1000円
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矢場味仙
矢場町駅 / 台湾料理
- ~2000円
- ~2000円
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希須林 担々麺屋 赤坂店
赤坂見附駅 / 担々麺
- ~2000円
- ~2000円
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中国手打拉麺 馬賊 日暮里店
日暮里駅 / ラーメン
- ~1000円
- ~2000円
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ファイヤーハウス
本郷三丁目駅 / ハンバーガー
- ~2000円
- ~2000円
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鯉とうなぎのまるます家 総本店
赤羽駅 / 居酒屋
- ~3000円
- ~3000円
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かんだ やぶそば
淡路町駅 / そば(蕎麦)
- ~2000円
- ~4000円
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とんかつ 檍
蒲田駅 / とんかつ
- ~2000円
- ~2000円
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丸五
秋葉原駅 / とんかつ
- ~3000円
- ~3000円